大判例

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福岡高等裁判所 昭和34年(う)1478号 判決 1960年2月25日

控訴人 原審検察官

被告人 野田満次

検察官 山根静寿

主文

本件控訴を棄却する。

理由

検察官山根静寿が陳述した控訴趣意は、記録に編綴の同検察官提出の控訴趣意書に記載のとおりであり、これに対する弁護人池田純亮の答弁の趣意は、同じく同弁護人の答弁書に記載のとおりであるから、これらを引用する。

検察官の控訴趣意について。

一、原判決が、所論摘示のとおりの理由に基いて、本件刺身庖丁は、あいくちに類似する刃物と認められないとして、無罪の言渡をしたことは、原判決文により明らかである。

二、当裁判所において本件刺身庖丁を検証したところによると、(イ)その形状は、所論指摘のように、刃渡は、約一八・五センチメートル、刃幅は、刃長の中央附近で約二・五センチメートル、棟区の箇所で約二・八センチメートル、刃の厚みは、約二・五ミリメートルあり、刃先の尖つた、刃(片刃)の鋭利な刃物であり、社会通念上いわゆる刺身庖丁のやや小型のものに属するものであることが明らかであり、(ロ)附属品として、新聞紙約四分の一位の大きさと見受けられるものを折り重ね、のりづけしてこしらえた紙製のさやがあり、右刺身庖丁が、ちようどこの紙製のさやに納まるようになつていることが認められる。そして、右刺身庖丁が、人を殺傷する用に供される危険性を有するものである点は、もちろん否定できないところである。

三、(1)  銃砲刀剣類等所持取締法(以下、単に法と略称する。)にいう、あいくちに類似する刃物とは、普通「その形状、性能または用法において、あいくちに類似し、携帯が容易で、かつ社会通念上人の殺傷の用に供せられる危険性を有するものと認められる刃物をいう」ことは、所論指摘のとおりである。

(2)  法が、あいくちに類似する刃物を取り締るのは、所持ではなく、携帯であること並びに社会通念上、あいくちのもつ他の刀剣類とは異なる特質からいつて、次にいうあいくちに類似する刃物にあたるかどうかの判定に当つては、その刃物の形状・形態の外、携帯の容易なこと、言葉を換えていえば、さや・革その他のサツク(蓋・ケース等を含む。)に納められているかどうかも、重要な目安になると解するのが相当である。

(3)  所論は、「本件刺身庖丁は、携帯も容易で、多少の工夫により、容易に懐中あるいはポケツト等に隠し持つことができる。」という。なるほど、所論指摘の証拠によれば、被告人において、新聞紙を折り重ねて、のりづけし、ちようどさやのような形に作り、これに挿入して、始終身につけて隠し持つていた事実、及び被告人は、現実に発生した殺人事件の反対派から疑われる危険を感じていたので、これに備えて、護身用として、隠し携帯する便宜のため、右新聞紙製の紙さやをこしらえたものである事実がうかがわれる。

四、しかしながら、本件刺身庖丁は、普通に刺身庖丁と称せられるものであつて、そのものの本来の用途が、広く一般家庭に備えつけられて料理用に使われているものに属するものであることは、原判決の証拠によつて明らかであるとともに、右新聞紙製の紙さやは、右のようなものであることからいつても、また被告人が、原審公判廷で「本件刺身庖丁を持ち出した以後、紙さやは何度も作り直した」旨供述していることからいつても、耐久性のあるものとは全く認められず、一時の間に合わせのものに過ぎないというべきであり、従つて、原判示のように、「被告人が本件刃物を携帯する際、自傷を恐れ、刃に紙を巻いたと同様」のものであると評することができるのである。

このように見てくると、本件刃物はそれ自体何等加工されたものでない刺身庖丁であり、そのさやは前記のような新聞紙製のものであるから、これを携帯したとしても、該刃物は、いまだ法にいわゆる「あいくちに類似する刃物」には当らないものと解するのが相当である。

五、所論指摘の刺身庖丁に関する裁判例は、本件とは異る事案に関するものであつて、適切なものとはいい得ないし、その他所論指摘の、そのような船員用ナイフとか登山用ナイフとか、切出小刀とか、ぬしや小刀とか、あるいは折込ナイフが、あいくちに類似する刃物として裁判例で認められているとしても、右の判断に何らていしよくするものではないと考える。なお、所論指摘のその他の事情は、右の判断に消長を来たすものではあり得ない。

従つて、原判決が、本件刺身庖丁をもつて、法にいわゆるあいくちに類似する刃物と認められないとしたのは正当である。原判決には、所論にいうような事実誤認・法令の適用の誤りは存在しない。論旨は理由がない。答弁は理由がある。

以上の理由により、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤井亮 裁判官 中村荘十郎 裁判官 横地正義)

参考写真<省略>

検察官の控訴趣意

本件公訴事実は、被告人は業務その他正当の理由がないのに、昭和三十四年六月二十五日頃佐賀郡大和町大久保鍛冶屋木村完次方前附近に於て、あいくち類似の刃物である刃渡一八、五糎の刺身庖丁一挺を携帯したものである。と云うに在るがこれに対し原審は<イ> 本件刃物は普通に所謂刺身庖丁で柄を握つて物を薄く切断するに便利に作られており出刃庖丁、菜切庖丁と共に一般家庭に備付使用さるるものであり、<ロ> 被告人に於て新聞紙を折り重ね糊付にして鞘の如く作り、之に挿入し携帯したといふにあるも、それは自傷を恐れ刃に紙を巻いたと同様で、庖丁自体に新たな加工を加えたものではないから刺身庖丁の性格を変えたものと認められないから、これを以てあいくち類似の刃物と認定することは出来ない。依つてこの点に於て犯罪の証明がないことに帰する。として無罪の言渡しをしたが、右判決は下記事由に依り本件刃物携帯に対する事実の認定を誤り、且法令の適用を誤つたもので到底破棄を免れないものと思料する。

第一、本件刃物は<イ> 通常刺身庖丁と称せらるるものであるが、その形状は、刃渡一八、五糎、刃幅、刃長の中央附近に於て二、五糎、棟区の箇所にて二、八糎、刃の厚みは約二、五粍にして、刃先尖り、刃は鋭利にして(記録八三丁、押第一号の証拠物件)之を以て人を殺傷する用に供さるる危険性大なるものであり、<ロ> 携帯も容易で、多少の工夫により容易に懐中或はポケツト等に隠し持つことが出来るもので、殊に本件に於ては、被告人が新聞紙八枚位を重ねて作つた鞘に納めて絶えず腹巻に隠匿携帯したものであり(一二四丁表裏被告の司法巡査下村馨に対する供述調書一三一丁表裏被告人の検察官に対する供述調書九五丁裏九六丁表裏中原通の司法巡査に対する供述調書)、<ハ> 尚本件は被告人が、その兄貴分に当る野方某が、佐賀駅前飲食店に於て、福岡弘なる者より殺害された事件に関係があるところから身の危険を感じて護身用として絶えず懷にして携帯していたものである。(一二四丁被告の司法巡査に対する供述調書一三一丁被告の検察官に対する供述調書)

第二、本件の刃物の携帯は以上述ぶる如きものである処、そもそも銃砲刀剣類等所持取締法に所謂「あいくち類似の刃物」とは、如何なる物を指すかに就ては、法令に具体的に定むるところがないため、社会通念に従つて解すべきものであると思料される。而して「あいくち」或は「あいくち類似の刃物」とは社会通念に於ては、自ら一定するものがあり、判例においてもあいくち類似の刃物について、「その形状、性能または用法に於て匕首に類似し携帯が容易で且つ社会通念上人の殺傷の用に供せられる危険性を有するものと認めらる、刃物を汎称する」との一貫せる見解をとつている。(昭和三〇、二、一五福岡高裁判決、同三一、一〇、二七東京高裁判決等)従つて隠し持つのに不便な長大なもの、殺傷の用途に供するには適当しないごく短小な玩具類似のもの、又は形状があいくち作りに類似しない剃刀、鎌、錐等の如きは勿論あいくち類似と言うことは出来ないに違いない。而してあいくち或はあいくち類似の刃物と、それに該当しないものとの限界を定めることは頗る困離な問題であるが、これは健全なる社会通念に従つて決せらるべきものと思料されるところ、通常長大なるものに対する限界は刃渡三〇糎未満とされており、又その内に於て右に該当するものと然らざるものとの区別は大凡刃渡、刃幅及び刃の厚み等を綜合的に判定して、本来殺傷の機能を有するか否かに依て決めらるべきとされている、而してその認定の基準は(1)  刃渡に就ては八糎、(2)  刃幅に就ては一、五糎、(3)  刃の厚みに就ては二、五粍とし夫々右標準を越えれば原則として積極に、それ以下であれば原則として消極に解するとされている。(西川加山「銃砲刀剣類等所持取締法の解説」四三、四四頁)判例も具体的事例として(イ) ジヤツクナイフ(昭和二九、五、七東京高裁判決)、(ロ) 船員用又は登山用ナイフ(刃渡一五、一糎、木製の柄がつき、つばはなく、通常皮革のサツクに這入り通常船員用ナイフ又は登山用ナイフとして使用されているもの)(昭和三一、四、一〇最高裁三小法廷判決)、(ハ) 登山用ナイフ、(刃糎一四糎、刃先が尖り、革のサツク入りで通常登山用に使用されているもの)(昭和三一、九、二五最高裁三小法廷判決)、(ニ) 切出小刀(白木の柄と蓋のついた刃渡約一〇糎の細身の鋭利な切出ナイフ)(昭和三〇、二、一五福岡高裁判決)、(ホ) 刺身庖丁(刃渡一四糎の刺身庖丁)(昭和三〇、八、九東京高裁判決)、(ヘ) ぬしや小刀(刃渡一八、五糎、片刃でその刃先は殆んど直角に切れて、その切れた刃先も刀身と同様片刃となつており、いささか「あいくち」と異る形状ではあるが鍔のない鋭利な刃物であることに変りない、いわゆる「ぬしや小刀」と称し、通常ペンキ屋の刷毛を作るのに用いられる)(昭和三一、一〇、二七東京高裁判決)、(ト) やなぎ刃庖丁(刃渡約二四、五糎の通称やなぎ刃庖丁)(昭和三三、一、三一浦和地裁川越支部判決)、(チ) 折込ナイフ(刃渡一〇糎、刃幅約二糎にして刃の先端附近が丸味を帯び切先が尖つた極めて鋭利な刃物で、刃を覆つている柄を左右に開いて止金でとめると、刃の部分が固定するようになつているもの)(昭和三四、一、二九福岡高裁判決)等を何れもあいくちとその形状、性能において類似し、容易にこれを隠し携帯することが出来て社会通念上、人の身体を損傷するの用に供される危険性があるとして、あいくち類似の刃物と認定している、而して以上の要件を備えている以上本来的に殺傷の用に供するのでなくても、たとえ通常市販されているものであつても又調理用或はその他前記の様な夫々の用途に使用さるるものであつて、あいくち類似の刃物たることを妨ぐものでないとされている。

第三、然るときは、本件の刃物は前述の通り、刃渡り一八、五糎、刃幅約二、五糎、刃の厚み二、五粍にして、容易に隠し持つことが出来る様特に工作が施され、尚又殺傷の用に供せらるる危険性あることは明白であるからまさにあいくち類似の刃物と認めるに充分であつて、左様に認めることに就て些かの不都合も認められないものである。原審は本件刃物は所謂刺身庖丁であつて、一般家庭に備付料理用に使用さるるものであり、新聞紙作りの鞘に入れていたと言ふのは単に自傷を恐れて刃に紙を巻いたと同様で庖丁自体に何等の加工も加えるものではないから依然として刺身庖丁であつて、あいくち類似の刃物とは認められないと判示しているが、これは本件刃物の現実に眼を蔽うものであつて全く独自の見解と言わねばならない。すなわち本件は前述の通り被告人が現実に発生せる殺人事件に関連があつた為、反対派よりつけ狙らわれ危害を加えらるべきことを恐れて護身用として、腹部に隠匿携帯していたものであつて、殺傷の用に供するため特に研ぎ上げて鋭利にし(九五丁裏、九六丁表中原通の司法巡査に対する供述調書)携帯に便ならしめるため、前述の如く新聞紙を折重ねて鞘をつくり、これを肌身離さず携帯していたものである。斯かる事情を無視して単に家庭に備付けられて、料理用に使用せらるるものとしてあいくち類似性を否認するが如きは、あいくち類似刃物の携帯を禁止した法意にも背馳するものと言わなければならない。

第四、然るに原審は単に本件刃物が所謂刺身庖丁であることの形骸に捉われ、その現実の性格、意義、事情等を看過して無罪の判決を下したのは結局本件刃物に対する事実の認定を誤り、且つ法令の解釈、適用を誤つたものであつて、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明かであると言わざるを得ない。よつて、原判決は刑事訴訟法第三百八十条第三百八十二条に則り破棄さるべきものと信ずる。

弁護人池田純亮の答弁の趣意

原判決は事実の認定、法令の解釈適用共に誤りなく極めて正当であるから本件控訴は棄却ありたい。殊に本件刺身庖丁(領第一号)が銃砲刀剣類等所持取締法所定の所謂あいくち類似の刃物に該当しないことは原判示のとおりであつてこの点に関する検察官の控訴趣意所論は当を得ないものである。

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